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心と体をつくっているもの その2

前回の続きです。

この記事でもちょろっと書いておりましたが、今振り返ってみても私の20代は「暗黒の時代」と自分で言ってるくらい辛く、苦しい自分との戦いでした。

その頃はまだバッグ作りの仕事も始めたばかりで「等身大の自分」というものが全く好きになれず、ひたすら自分に自信がなかった。外見にも、内面にも、仕事のスキルにも。

ただ持っていたのは目標だけ、10年後には会社を辞めて、一人前のバッグ職人(作家)として独立する、という未来の理想の姿だけだった。

それと同時に精神の病との戦いでもありました。

10代の終わりごろからその病にはかかっていたんだろうな、と振り返れば思うのですが、つまりは摂食障害だったのですね。

摂食障害には大きく分けて拒食症と過食症、この二つに分けられるのですが根っから美味しい食べ物が好きだった私は食べることを拒否することはあり得なかったので、過食に走っていました。

沢山、食べたいだけ食べてから吐く。全部吐く。

そうすると「体重が減る」ことに気づいてからは、これはいいダイエットになるとばかりにずっとそんな生活を続けていました。


しかし「吐く」という作業はかなりの気力と体力を消耗します。さらにそこに理性が働けば、「自分はとんでもないことをしてしまっている」というとてつもない罪悪感も襲い掛かってくる。

初めのうちは食べてからの吐く、という作業が短時間で済んでいたのが、だんだんと吐く行為が嫌になってくる。
で、吐くのを延ばし延ばしにしているうちにどんどん時間は経ち、消化も進んでしまう。
つまり、体重がまた増えていくのです。痩せなくなってくる。

なのに大量の食べ物を摂取する、という行為はやめられない。「自分の意志で止められない」という所まで来てしまったらもうそれは病気の証、という事に気付くまでだいぶ時間がかかりました。

この暗黒の時代、2度ほど自分で自分の命を絶とうとしたこともありました。

だけどそれでもここまで生き延びられたのは、ほかならぬ家族の愛情で自分が育てられたのだ、という記憶と、将来の目標があったから。

ある時「もう何もしたくない、何も考えたくない」という極限状態まで追い込まれてしまい、首を絞めつけている今のこの力に、あと少し、もう少し力を入れたらたぶん死ぬな、と思ったその時、ふと同時に頭に浮かんだのは「自分が今死んだら、色んな人に迷惑がかかる。じっちゃも、ばばちゃも、パパもママもみんな悲しむ。」という事でした。


直前になってこんな風に考えられたので、たぶん鬱では無かったんだと思うんですけどね。鬱の症状の人とは若干似て異なる部分があるのでね。鬱だったらこんな風に考えが及ばないのではないかと。

そうしているうちにこれは病気なんだという事にだんだん自分で気づき始め、インターネットも普及していた頃だったので色々と情報収集し、精神科を見つけて通うようになってからは少しづつ治ってきて、ようやっと普通の食生活に戻ることが出来、自炊もし、仕事の方でもだんだん自分の成長が実感できてきて・・・と本当に少しづつではありましたが改善に向かっていくと、不思議なことに自分の身体へのコンプレックスも感じなくなってくるんですね。それどころかむしろ体重もこれが自分の考えるベストだな、と思えるようになってきた。今じゃ体重計なんか乗る気も起きない(軽く嘘)。「数字」にこだわらなくなってきたんです。自分が良い、と思えばそれで良くなってきた。着たい服も着られてるし、これをキープしてけばいいじゃん、と。そりゃパーツパーツはありますよ。ここがもっとキュッと上がってればねぇ、とかここもうちょっとこうならないかねぇ、とかね。それも思ってもすぐ忘れますが。
それより今は良いところにも目を向けられるようになった。

幸いなことにその暗黒の時代に一緒に働いていた方々からは、今会うと「痩せた?」と言われます。(いや、歳とともに重力に逆らえなくなって下に下がっていってるだけだけどな!)

話がそれましたが、まあ阿呆みたいな事ばっかりして過ごしてきた若かりし頃。
そんな食生活を送ってきたもので、当然自炊もあまりせず、買ってきたお菓子類やらジャンクフードやら、吐くための食材ばかり買っていたのでその頃は栄養もへったくれもないわけですよ。

でね、今になって思うのです、あの頃は食べ物イコール太るものと捉えていて、とにかくただ痩せたい、体重を減らしたい、とばかり考えていたから自分が食べるものが体の中でどうやって栄養やエネルギーになってるかなんてちゃんと考えていなかった。

ちょうど今から一年前、結婚したての頃で原発の事故もまだまだ安心のできない状況の中、私はとにかく不安だらけであらゆる本を読み漁った。結婚したばかりなのに、これから子供だって授かりたいのに、こんな状況になっちまって、どうすりゃいいのさセニョリータ!ってな感じですよ。

撒き散らされる放射性物質が人や食料にどんな影響を及ぼすのか、この地で子供を授かることは出来るのか、出来たとしても育てることは可能なのか。

そんなことを思って色々本を読んでいるうちに知ったのは、放射性物質以前に今の世の中に溢れている食べ物のなんと多くが身体にとって良くない危険なものなのか、という事でした。

なぜこんなにもアレルギーを持つ人、アトピー性皮膚炎の人が多いのか、ストレスをためている人が多いのか、草食系なんていう言葉が出来たのか、キレ易い子供が増えたのか。

もちろん、原因は一つだけではないです。でも「食生活の変化」はそれらの問いの答えのうちのひとつに、間違いなく入るものであると思います。

かつての私自身を振り返ってみても、あの時代はほんとにロクなものを食べていなかった。ちゃんとした栄養を日常的に取り入れてなかった。食べ物はその思考回路を不健全にさせることも十分可能だと思います。

そうしてがむしゃらにいろんな本を読み漁り、結婚生活を始めるにあたってまずはちゃんとした食生活を心がけるようにしていました。すぐ近所に住む義母は素晴らしい方で、昔からケーキなどのお菓子類は市販のものを買わずに手作りしていたそう。市販のお総菜や、出来合いの冷凍のおかずなどを買うことはほぼしなかったそうです。
生活の基本中の基本なのですが、食事と睡眠をしっかり取ること。この食事を作る時間をしっかりと確保できるようになったのは、会社を辞めて良かったと思う事のひとつでもあります。

そうして一年、仕事で疲れていても、色々と不安なことはあっても、ちゃんと食べてちゃんと眠れれば、排泄も自然と出来るようになるし体の中で循環が起こる。身体は健康になります。体が健康ならものの考え方も変にマイナスにもならない。特に私は、過去にそういう事を経験してどれだけ自分の体を痛めつけることが良くないかを身をもって知ったので尚更、日々のことに感謝も出来るようになれたのかな、と実感しています。


身体をつくるのはなんといっても食べ物が一番先にくる。食べなきゃ死んじゃうんだもん、人間は。

そんな痩せたいとかどうとか言ってる前に考えるべきことがあるだろうよ。

ちゃんとした食べ物を美味しく食べて、ちゃんと眠って、ちゃんと出すもん出して、愛し愛されて愛に溢れた生活をしていたら美しくなるよ。これはぶっちゃけ極論ですけどね。色んなことすっ飛ばして言ってます。でも間違ってもいないと思うんだ。

まだまだ私も人生の途中なので、これから何があるかなんてわからないけど。


話がながーくなりましたね。そういうわけです。

人には色々あるってことです(ちがう)。


最後に、またまた前回の記事でもご紹介しました友人のブログはこちらですよ。今の自分の身体ってどんな状態なのか、中々自分では客観的に見るのは難しいもの。そんな時にこうやって診てもらうと、役に立つこともあるんではないでしょうか。

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ami et soi

Author:ami et soi
小さい頃からバッグが大好きで、とうとう自分でも作るようになってしまいました。

 でも今は、バッグ作りを通して伝えたいことがあります。
 いろいろな想いを、ここに綴っていこうと。

ami et soi  「ともだちとわたし」
並べかえると、わたしのなまえ。

☆作品をちょこちょこ作っていますので「カテゴリ」の「ami et soiの作品」のエントリをご覧くださいませ。オーダーもやります。作品の色違い等も受けられます。

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